白鳥庭園散策レポート H30(2018).4.20(金) (
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用語解説コーナー


熱田白鳥の歴史館s415009

中部森林管理局 s415007

白鳥物語のハナミズキ s415012

北門から見たくすのき橋s415013

英傑島(左) s415014

くすのき橋から北門を見るs415016

深見四阿(中の池) s415018

深見四阿(中の池)s415082

豊臣橋 s415019

豊臣橋s415087

徳川橋 s415020

中の池と新緑s415022

池と新緑 s415024

池と新緑s415027

池と新緑 s415028

出会橋s415029

木曽川(上の池) s415031

出会橋(右上は常夜灯)s415032

宮の渡し広場・出会橋・常夜灯 s415034

出会橋s415035

常夜灯と清羽亭 s415036

芝生広場の藤s415040

芝生広場の藤 s415094

芝生広場の藤s415095

芝生広場の藤 s415096

清羽亭s415041

築山の雄滝 s415043

築山の雄滝s415053

なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ) s415059

竹林s415060

木曽の渓流 s415065

傘亭s415067

水琴窟 s415074

織田橋s415076

上の池 s415077

くすのき橋s415090

下ノ池 s415093

正門へs415098


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白鳥庭園「概要」(wikipedia)
白鳥貯木場を埋め立てて、1983年(昭和58年)から1991年(平成3年)までかけて整備した庭園。当初から白鳥庭園とする
計画であった公園ではあるが、はじめは「白鳥公園」という街区公園として開園。
1989年(平成元年)開催された世界デザイン博覧会のパビリオン「日本庭園」として本格的に整備された。
閉幕後は、庭園専用の有料公園とするため継続整備され、1991年(平成3年)に完成・オープンした。
大きな池を中心に配置した「池泉回遊式」の日本庭園で、都市公園内の庭園としては、東海地方随一の規模を誇る。
世界デザイン博覧会のパビリオンとして設置したため東海三県を中心とした中部地方の地形をモチーフにしている。
公園の南側にある築山を御嶽山に、そこから各池に注ぐ川を木曽川に、中央・周辺の池を伊勢湾に見立てており、自然の
雄大さを演出している。 園内のメイン施設の清羽亭は本格的数寄屋建築の茶室である。
清羽亭は、茶会などに利用され、汐入(しおいり)亭では庭園を眺めながら有料で抹茶が楽しめる。 
全国でも珍しい三つの音色を奏でる水琴窟がある。
さつきとつつじの違いについて(一覧表・Web参照)

◎つつじ
・花や葉がさつきに比べ、かなり大きい(花経は5cm〜7cm)(葉の長さ:5〜7cm)
・さつきより先、春に咲く(4月中旬から5月上旬・季語は春)
・葉っぱがくっ付く! 光沢はないが、毛が密集して生えている
・背も若干高め
・街路樹に使われる率も高め


◎さつき ・花や葉はつつじより小さめ。でも肉厚(花経は3.5cm〜5cm)(葉の長さ:2〜3cm) ・咲くのもつつじの後(5月中旬から6月中旬・季語は夏) ・葉に艶があり、触ると硬さを感じる ・枝分かれが多い(小枝が多い) ・花が咲いている時に蕾も一緒に見つけられるかも ・植え込みなどにはさつきが多いかも
さつき展ツツジ祭り録画(違いnet)下記画像は、こちら
熱田白鳥の歴史館
愛知県名古屋市熱田区の堀川沿いにある林野庁中部森林管理局名古屋事務所が設置した「林業の歴史と木材利用」に関
する展示館及び多目的ホールである。(歴史館環境整備事業のPDF)
白鳥貯木場「概要」(wikipedia)
白鳥貯木場(しろとりちょぼくじょう)は、愛知県名古屋市熱田区の堀川沿いに存在した水中貯木場。かつての名古屋の
木材取引の中心地であり、江戸時代の初期に開かれ”木材市場発祥の地”として400年近い歴史を誇っていた。
現在は、国鉄の貨物駅跡地を含め、公団などの公営住宅、都市公園(白鳥公園)名古屋国際会議場、大学などの公共施設
マンションなどとなっており、貯木場としては現存していないが、林野行政の拠点としては農林水産省林野庁中部森林
管理局名古屋事務所が継続設置されている。
なお、白鳥公園内には木材産業発祥地の記念碑と白鳥御材木役所跡記念碑が設置されているほか、林野庁中部森林管理局
が開設した熱田白鳥の歴史館が設置されている。

「沿革」
(江戸時代)
白鳥貯木場は1610年(慶長10年)に名古屋城築城のため設けられた材木置場が起源とされている。福島正則が堀川沿いの
白鳥地内に大池を掘らせ、これを太夫堀と呼んだと伝えられており、これが初の木材置場となったと考えられている。
なお、太夫堀の一部は現在も白鳥公園内に遺されている。
1615年(元和元年)に木曽が尾張藩領となると白鳥材木役所が設けられた。木曽の山で伐採された材木は筏に編成され
木曽川を下って海に出た後、堀川を上って白鳥貯木場へ集められた。ここで山筏を解体して再検知し貯材の管理とともに、
随時藩幕御用及び商材処分の業務が行われた。
貯木場は1651年(慶安4年)以来繰り返し拡張工事が行われ、幕末には2万3千9百坪にまでなった。
(明治以降)
1872年(明治5年)になると、愛知県は貯木場を民間に払い下げたが、その後1876年(明治9年)に木曽山官行伐採の開始
に伴い内務省地理局に買い戻され、藩政時代には特定の材木商人に払い下げてきた木曽材はここで入札により一般の材木
商人に払い下げられるようになった。
白鳥貯木場の扱う木材は藩政時代より木曽・飛騨のものを中心としていたが、明治後期になると名古屋経済の発展や木材
産業の隆盛による需要増加等により他地域の木材が入るようになる。貯木場もさらに拡張され、1921年(大正10年)には
総面積5万7千坪余となる。周辺地域に民間の貯木場も数多く建設された。また、材木の輸送方法も変化した。
1911年(明治44年)の中央西線及び名古屋港線の開通以降、木曽・飛騨からの御料材の輸送方法は筏輸送から陸送へ移行
し、木曽川は1922年(大正11年)、飛騨川は1933年(昭和8年)が最後となった。
(伊勢湾台風以降)
1959年(昭和34年)、伊勢湾台風がこの地方を襲った。名古屋市内の民間の貯木場や堀川などに係留されていた木材は
高潮に流されて周辺の市街地へ流出し、大きな被害をもたらした。この反省と名古屋港各地に点在していた貯木施設など
を集約するために、1968年(昭和43年)、名古屋市外に西部木材港が作られ、白鳥貯木場周辺に集積していた木材業者の
多くは拠点を西部木材港周辺へと移した。
その後、国内の天然林資源の減少や輸入材の台頭になどにより白鳥貯木場に集まる木材は減少、1979年(昭和54年)から
順次、貯木場の用地の大部分は名古屋市へ売却、埋立てられて、一部は白鳥公園として整備が開始された。
貯木場内には1986年(昭和61年)以降「暮らしの木材展示館」、「木の住まい白鳥ハウジングセンター」が作られ、
貯木場の役割も広報機能に重点が移っていった。1989年(平成元年)には貯木場の跡地を利用して世界デザイン博覧会の
白鳥会場が設けられ、貯木場の広報施設も博覧会に合わせて「ウッディランド・名古屋」を愛称し博覧会に協賛参加した。
白鳥会場跡地はその後公共施設、都市公園などに転用された。
1996年(平成8年)、貯木場の市場が廃止され、2002年(平成14年)「ウッディランド・名古屋」が閉館した。
 平成16年には、林野庁の事務局「中部森林管理局名古屋事務所」として継続設置され、ウッディランド・名古屋の
「暮らしの木材展示館」で行われていた児童向けの木工教室は「森林ふれあい講座」に変わり2012年(平成24年)度まで
継続実施された。
現在の「林野庁中部森林管理局名古屋事務所」は、東海地区を中心とした国産材の新規需要開拓と安定供給体制の構築や
国産材利用促進に向けた情報発信を行っており、林業の歴史と木材利用に関する展示館「熱田白鳥の歴史館」が事務所に
併設設置され、大都市の中にありながら、木の温もりや森林のはたらき・役割の素晴らしさに接することが出来る貴重な
学習の場として、木育活動をはじめ高年者の生涯学習まで幅広い都市住民に活用されている。
「略年表」
1610年(慶長15年)頃 - 福島正則らが堀川開削前に資材置き場を設置、白鳥貯木場の起源となる。
1615年(元和元年) - 木曽が幕府直轄領から尾張藩領となる。尾張藩は白鳥材木役所(御材木奉行所)を設置。
1869年(明治2年) - 尾張藩営木曽山伐出事業が打ち切りとなる。
1872年(明治5年) - 貯木場が鈴木惣兵衛(才造)に2500円で払い下げられる。
1876年(明治9年) - 貯木場が内務省地理局に買い戻される。
1877年(明治10年) - 国が白鳥貯木所を設置する。
1916年(大正5年)12月8日 - 木材専用駅として名古屋港線に白鳥駅が開業。翌年引込線完成。
1959年(昭和34年)9月26日 - 伊勢湾台風の高潮で名古屋港周辺の貯木場に係留されていた木材が流出し周辺に被害。
1968年(昭和43年)12月2日 - 西部木材港開設。
1979年(昭和54年) 3月1日 - 熱田営林署廃止、木材販売は熱田木材販売所へ移管。
          6月5日 - 貯木場の一部が名古屋市へ売却される。
1981年(昭和56年)8月 - 貯木場跡地を白鳥公園として都市計画決定
1982年(昭和57年)11月15日 - 国鉄白鳥駅廃止。跡地は、
1983年(昭和58年)・1985年(昭和60年)度に名古屋市土地開発公社が先行取得。
1983年(昭和58年)から1991年(平成3年)までかけて整備。はじめは「白鳥公園」という街区公園として開園。
1986年(昭和61年)5月2日 - 名古屋営林支局需要開発センターにより貯木場内に「暮らしの木材展示館」オープン。
1987年(昭和62年)5月 - 特定住宅市街地総促進合整備事業地区採択(同11月整備計画大臣承認)。
1989年(平成元年)7月15日 -11.26 これまでに名古屋市が取得した敷地と林野庁の敷地を生かして世界デザイン
             博覧会開催。これに伴い需要開発センターが貯木場内に設置した木の住まい白鳥
             ハウジングセンター、暮らしの木材展示館の施設群を「ウッディランド・名古屋」と
             愛称し博覧会に協賛参加。
1991年(平成3年)に白鳥庭園・完成・オープン。
1996年(平成8年)3月 - 木材販売を終了。白鳥貯木場が事実上廃止。敷地は名古屋市土地開発公社へ譲渡。
2002年(平成14年) 8月 - ウッディランド・名古屋の木の住まい白鳥ハウジングセンター閉鎖。
         11月 - ウッディランド・名古屋の「暮らしの木材展示館」および、
             木材販売所跡地木材保管場所閉館・閉鎖。
2005年(平成17年)- 木材保管場所跡地などを名古屋学院大学の名古屋キャンパス(白鳥学舎)の敷地とするために、
          名古屋市土地開発公社より名古屋市が取得。名古屋市住宅供給公社が再開発した。
2006年(平成18年) - 住宅展示場など林野庁施設の跡地の一部に宝交通により免震構造の高層マンション、
          ヴィー・クオレタワー白鳥庭園が開設される。
2007年(平成19年)3月 - 木材販売所およびその保管場所、住宅展示場の跡地の一部に名古屋学院大学名古屋
            キャンパスの名古屋キャンパス白鳥学舎が開設。
2015年(平成27年) - 「熱田白鳥の歴史館」が開館するとともに、尾張藩が白鳥御材木奉行所を設置した1615年から
           400年を迎える。



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